古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

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修武堂で卜傳流剣術はどんな稽古をしてるのか?

弘前大学で小山の近代の武術史・身体論講座を聞いて、興味を持ってくれたS女史が取材してくれた素晴らしいレポートです。

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対多数ー林崎新夢想流居合「二方詰」

武術であれば、どうしても一対一だけではなく、対多数にも向き合うことが求められてしまう。

これは大変困難な課題であり、私なども全く自信がないが、日本のみならず、世界各地の各伝統武術は大概そのことを想定している。

幼い頃は、北辰堂道場の剣道稽古でもやらされた。

故斉藤勝七先生の指導のもと、一人で三、四名を相手にしての試合稽古、面の上に風船を付けて雪上でバトルロワイヤルのような試合稽古をやった。

ふだんの剣道の基本よりも、鬼ごっこの体験が活きた。

さらに宮本武蔵五輪書」が説くように、とにかく立ち止まらず、集団の真ん中ではなく、端から追い込むようにやると、少し有効性があることも体験した。

それでも毎回ゲームのような不確かさだった。遊びにすぎない。

ほかにも修武堂稽古仲間のT氏は、居合道稽古で対多数の形を習ったとき

「敵がきちんと順番にかかってくる想定ですが、もし一度に来たらどうしますか」と質問したそうな。

全くその通りだ。

するとその師範は「そんなはずはない、そう考えるお前の心が正しくないのだ!」

と怒られた、という笑い話を聞いた。

だが、実際の悪人達は、打ち合わせも、正々堂々の勝負もなく、なるべく当方が嫌がる状況で襲ってくるだろう。

確かに集団で実験稽古すると、慣れない集団の場合は、仲間同士で重なってしまい、どうしても順番にかかっていかざるをえなくなる現象が発生することがある。

だが、充分に訓練された集団ならば、もちろんそうならず、一度にかかってくるよう稽古している。

実際にそのような形を残されている古流がある。だから油断ならない。

そのような大変困難な対多数の理合を、わたくしでも落ち着いてじっくり稽古できる方法のひとつが、林崎新夢想流居合の「二方詰だ」。

(その一連の形名については、近代的思考による、具象的な技名を付けられた師範もいるが、我が家の近世の先祖達はまた異なる命名だったようだ。)

その古い一連の形は、基本的に次のような設定から始まる。

小刀を帯びた二人の打方が、三尺離れて座っている。

三尺三寸の大刀を帯びた仕方の我は、その背後から歩みより、真ん中に立ち膝のような「趺踞(ふきょ)」で座る。

すると左右の打方が次々に、または二人同時に発剣してくる。

三尺三寸の仕方はその先をとり、左右の敵へ様々に応じていく。

最初このように背後から入っていく形をみたとき、まるで現実味のない不可思議な儀礼的作法にみえてならなかった。

ところが、昨日の修武堂稽古で、素朴な所作のなかに埋め込まれている精妙な示唆にハッと気づかされ、己の愚かさを改めつつある。残心についても非常に学びが多い。

すなわち、二人の「前」から入っていくのでは形の示すことがまるで変って、その学びの土台が崩壊してしまう。

「背後」から入っていくからこそ、敵二人と我を包む関係性全体の変わり目を感じ、学ぶことができる。

これについては、いま私のなかでも整理中であり、言語化は始まったばかりだ。改めて報告したい。

この林崎新夢想流居合の対多数の稽古は、具体的に二人か三名の相手を付けて稽古するが、我が家で併伝してきた卜傳流剣術では異なる。

同じ対多数につながる理合を、一対一の稽古のなかに埋め込んで、自ずと学んでいく仕組みがある。

同じ対多数への稽古でも、それぞれの流派には、それぞれのアプローチがあるようだ。

このように、近代以降、競技試合へと進化するなかで、忘れてきた古い武の技法がある。

その豊かさを楽しんでいる。

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自己をならう

5歳から家伝の卜傳流剣術を、6歳から剣道の稽古を始めたので、武の稽古も40年を過ぎた。

まっすぐな街道ではなく、非才のうえに、回り道や五里霧中も多かったので、長くやっていても上達していない私だ。

ただ、幼い頃から大きな疑問があった。

例えば無数にやってきた、剣道の地稽古や試合で、たとえ勝っても、ひとときの喜びでしかなく、その高揚感はすぐに消えていくまぼろしのような不安、虚無を感じた。

試合で勝っている頃は楽しいが、勝てなくなって面白さがなくなったので剣道をやめた、という人もいた。

若いうちは目先の勝利で一喜一憂していい時代がある。

だがそれだけで生涯にわたって稽古していくには足りないものだ。

代々、剣術を継ぐ家の者として、生涯、うたかたのようなジャンケンを繰り返しながら生きていくことに意味があるのか、それが伝承文化たりうるのだろうか、と思ってきた。

仏道に「修羅道」という世界があると説くが、そのように永遠に争うことに意味があるのか。

なぜ勝つのか、なぜ負けるのか、

まぼろしのようなあまたの現象の底を静かに流れている、なにか普遍の仕組みを体得したい。

目前の幻に一喜一憂して振り回されることなく、安心して生きていきたい。

おそらくその願いは、法律で守られた社会のなかで、競技として、稽古法のひとつとしてやっている現代の私の気楽さより、

逃げられない生死の狭間に投げ込まれ、日々を生きていた戦国末期の先人達こそ、切実に希求したことだろう。

その欣求からこそ、それぞれの流儀が立てられていった。

家伝剣術もそのひとつだが、たったひとつの正解ではなく、そのなかのひとつの解法にすぎない。

それでも私にはこの解法が与えられた。

だからこの小さな解法を通じて、幼い頃からの不安、内側の虚無の闇をみつめていきたい。

いや、闇ではなく、もしかしたら、私自身のささやかな命の源泉に向き合うことになるのではないか。

仏道をならふといふは、自己をならふなり。

自己をならふといふは、自己をわするるなり。

自己をわするるといふは、万法に証せられるなり。

万法に証せられるといふは、自己の心身および他己の心身をして脱落(とうらく)せしむるなり」(道元正法眼蔵」)

 

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