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古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

〇定例稽古のお誘い
弘前藩で伝承されてきた卜傳流剣術、當田流棒術、林崎新夢想流居合、本覚克己流和

などの古流武術を中心に、心身を生き生きと豊かにしていく稽古を楽しみましょう。
ご関心のある方はどなたでも参加できます。初心者も歓迎いたします。
(小学校高学年以上、見学も可)。

  ・日 時:2017年2月18日(土)13時~15時
  ・会 場:青森県弘前中央高校4F武道場 をお借りいたします。

  (※お借りしている会場なので、直接、会場へのお問合せはご遠慮ください。)

  ・参加費等:無料

その他
 ・動きやすい服装でお願いします。(室内、板の間の道場です。内履き等は不要です)
 ・木刀や帯類などの稽古道具がある方は持参ねがいます。
 ・シゴキ等はありません。各自の興味関心、体力に応じた稽古です。
 ・安全に充分留意した和やかな稽古ですが、もしもの際のケガ等は自己責任でお願いします。
                                 修武堂小山隆秀

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林崎新夢想流居合 そのほか

東京での「弘前藩伝・林崎新夢想流居合稽古会」が、盛会のうちに終了した。

今回は北文研が主催だった。私は修武堂代表として後方支援にまわった。

是風会の高無宝良師範、天然理心流武術保存会の加藤恭司代表師範、日本武道文化研究所川村景信師範ら、多くの方々に多大なるご支援いただいた。

深く御礼申し上げます。

前回、修武堂主催でやったときからおなじみの方や初めての方もおられたが、みなさん武術・武道の経験者ばかりで、理解されるのが早く、こちらも大いに勉強となった。

ともかく、この林崎新夢想流居合とは、かつて日本各地に伝承があったのだ。

たいがいの弘前藩士も学んでいた。我が家も四代前の小山英一まで師範を務めていた。

約二十年前、先輩の紹介をきっかけに、私ひとりで始めた研究稽古だった。

やがて、故加川康之氏の協力で、修武堂みんなで稽古する武種のひとつとなった。

そして、日本各地の林崎流を研究されている日本武道文化研究所との連携が始まった。

いまでは同流の稽古のみに特化した、北文研「弘前藩伝・林崎新夢想流居合稽古会」結成等と広がりつつある。

様々な方々との交流から、私ひとりの限界が次々と打破されてきた。

見えなかったはずの風景が見えてくる。幸甚極まりない。

今後どのような展開となるかわからないが、再び日本各地でこの居合が復活し、それぞれが楽しめる豊かな武の文化資源となればいい。

私も多くの方々と連携しながら、自分自身の、かつて家伝でやっていた林崎新夢想流居合を深めていきたい。

二日目は、多摩の一之宮小野神社で、他流交流会と奉納演武となった。

若い方々や女性達とともに、天心流第九世中村天心先生もお見えになられた。

小さな会なのに、毎回ご来駕いただき大変光栄である。

座敷でお茶をご一緒しながら、マンツーマンで、若い頃の修行話、昔の武芸者の作法や座敷での護身法など、貴重な技やお話をたくさん拝聴し、大変勉強となった。

甲野善紀先生もおいでになられた。

一年ぶりの再会である。最近、進展されている技をお教えいただいた。

サッカーのような競り合いで、こちらの動きを阻止してくる相手に向かい「恋い慕う」ようにまっすぐ向き合っていくと、なぜか相手が阻止できなくなる術理。

体験してみると、確かに精妙にズレていき、衝突しない。

それが、あたかも当方の体の芯の動きを狙われているような、むずがゆさがあり「ボールペン同士の先端を合わせようとしても合わない」という比喩に膝をうった。

また「内腕」や、願立剣術物語の「唯カイナ計ヲ遣事ソ」の術理も大変興味深かった。

足で地面を蹴る動きを解消することで、予備動作を消したり、剣の急変化も可能となる。

我田引水ではあるが、とくに「内腕」については、昨年暮れから、当方の林崎居合稽古でも工夫している、スキーのターン技術との共通性も感じた。

例えばスキーは、急斜面のアイスバーンを滑落するので、全く地面を蹴ることができない。

それでもターンしなければ、命にかかわる大事故となる。

そのため、脚力を使わずに、腕や肩、体幹部という上半身の変形だけで、全身の動きを生む。

すなわち、ふだん使いやすい脚部を、あえて抑制的に使うことで、全く新しい動きを獲得する、ということにおいて、スキーと、林崎新夢想流居合などの身体操法も、共通部分があったのではないか。

ともかく、甲野先生とお話するなかで、難易度の高い林崎新夢想流居合の所作は、高度な浮き身がかかっていないと不可能であろうということで見解が一致したのである。

 

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林崎新夢想流居合 告知 そのほか

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(小山百蔵英正「居合掌鑑(林崎新夢想流居合)」小山秀弘(卜傳流剣術宗家)蔵)

2月11日(土)東京での林崎新夢想流居合稽古会。修武堂 | お知らせ

このような津軽で熟成された古流を首都圏で稽古できる機会はほとんどない。また、近現代以降に定着した、居合の一般的なイメージを見つめ直す機会にもなろう。

まだ空きがあるようなので、ご縁のある方はお待ちしております。

前回までは形の手順だけだったが、今回はその質を高めていきたい。

まずは、いにしえの武士たちの基本座法「趺踞(ふきょ)」を体験いただく。

これほど両脚を折りたたんで低く座って動けるのか。刀が抜けるのか。

実は正座以前、日本各地の古流居合もやっていた古法だ。

前近代の東アジア各地(シラットや中国拳法など)でも多用されていた座法でもある。

これだけでも、己の身体を根底から充分に見つめ直す稽古法となる。

誠に窮屈な姿勢から、何が導かれるのか。耳を澄ましたい。

そのあとで「きわめて静かに」三尺三寸の長大な刀を抜いていきたい。

全身360度の「権衡」(卜傳流剣術より)を求められる。ぜひ堪能していただきたい。

それが楽しくなれば、一本目「押立(おったて)」の形は、自ずと成立してくる。

己ひとりの権衡ができたら、それを対人関係のなかに投げ込む。

我が刀を動かせないほど密着した敵が、短刀で突いてくる、という危機的状況のなか、いかに発揮できるかという稽古が始まる

なおこの「押立」は、最初に学ぶ技であり「極意」でもある。

この質を探求するだけで、一生、稽古を楽しむことも可能だろう。

これができれば、このあとの形群や立抜刀もすべて、その延長上にみえてくる。

なお私は、ここ10日間くらいの体調不良から復活して、身体の大切さを痛感した。

現代における武の稽古の必要性を感じた。

すなわち、スマホが普及し、座ったままほとんどのことができるようになっても、我々人間は必ず、己の身体を窓口として、目前の世界を感じ、とらえている。

だから、私のようにその精度がおかしくなると、世界の認識もおかしくなり、遅れをとる。

それは西洋の先学者たちが唱えてきた身体論とも重なる。

これから、AIやロボットがすべてを代行してくれ、人間が肉体を使わなくなって鈍化させてしまえば、我々は目の前の世界に対応できなくなって、はぐれ者となり、やがて生物として撤退せざるをえなくなるのではないか。

せっかくこの世に生まれたのだから。

この稽古を通じて、感度の高い心身となり、現実世界の深さと精妙さをじっくり堪能しながら、楽しく生きていきたいものだ。

 

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