古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

そのほか

10月22~23日の「ひろさきハイカラ庭園」(於弘前市「藤田記念庭園」)で「剣術ワークショップ」を担当した。(http://www.hirosakipark.or.jp/highcolor/index.html) コスプレイヤーに大人気のイベントで、会場全体の時代設定は明治大正らしい。 なぜ修武…

日本武道文化研究所主催の「全国古流武術フォーラム2016in山形」に出席。 林崎流系統の居合を共通テーマとする、有志の研究稽古会。今回は3回目。 日本各地から、開祖林崎甚助の聖地、山形県村山市・寒河江市へ、少数精鋭が集まった。 みなさん紳士で、ずっ…

この10月は、己のルーツを巡る旅となりそうだ。 まずは明日から、家伝卜傳流剣術、その開祖が生まれた茨城県鹿島神宮の全国大会へ出場。 その翌日は、同剣術を津軽に根づかせた弘前藩家老、棟方作右衛門の墓調査へ。 (なお棟方家は、弘前藩の忍者集団「早道…

特別展「刀剣魂」が盛況のうちに無事終了した。 皆様からいただきました多大なるご支援に深く感謝申し上げます。 各方面からお借りしてきた数十振りの貴重な刀剣類。 一期一会、これらすべてにお会いできることはもうないかもしれない。 一振りずつ伏し拝ん…

先日、日本武道文化研究所のお手伝いで、秋田県角館市武家住宅街へ、武術史料調査へ行く。 もと林崎流居合師範家を訪ね、各流伝書類や刀剣類を拝見し、お話をお聞かせいただいた。 次々と出てくる武芸伝書のなかには、林崎流はもちろん、日下新流等の柔術に…

父祖たちが創設した北辰堂道場は、133年目を迎えた。 社会とともに変化してきた道場の式典で、いろいろ考えさせられた。 自分の道は自分の考えで決めたい、と焦るものだが、たいていそうはいかない。 多くの場合、世界の万物は、己の意思にかかわらずに動い…

最近、毎日のように炎天下の弘前公園をランニングしている。 何かあったとき走れる身体、そして地稽古(自由稽古)の体力養成も兼ねて。 照りつける太陽、気温30度越え、体力の消耗は激しく、カラダが重くなっていく。 そうなると翌日も走るのが嫌になって、…

この時代に剣をやることに、何の意味があるのか。 幼い頃からずっと悩んできた。 どの書物にも、どの先生にも納得できなかった。 だから、己の答えは、己で見つけるしかないと。 そのうち、少しさかしくなり、答えらしきものを取り繕うようになった。 それで…

武を、若い頃だけの腕自慢や競技大会の思い出だけで終わらせるのは、もったいない。 生涯をかけて、ココロとカラダを養っていく、深い喜びに、 そして、試合コートや道場より遥かに広い、この日常を生きていく糧とするために。 まずはじめに、我々人間は、体…

住む場所には、何かしらご縁があるものか。 実家の横を小さな用水堰が流れている。 その幅は数メートル。飛び越えた川向いは、故笹森順造師範の生家だ。 また反対側には、同じ小野派一刀流故高杉健吉師範の子孫家がある。 また近くには、家伝剣術および林崎…

我々、武道・武術の修行者は「正しさ」に憧れすぎることがある。 「正しさ」こそ強さだ、段位だと、己の尊厳のもととし、ときにそれに居着いて他人を睥睨(へいげい)してしまう。 さらにロマンとして「城下町だから、武士の街だから、武道の正しい基本をや…

「仮想現実」(VR)が、現実と人工的に作られた「現実」をチェンジすることだとすれば、 いま流行りの「拡張現実」(AR)は、現実の一部を強化、改変することだという。 聞こえはいいが、つまり「本当の現実が見えていない」ということではないかいな。 なら…

特別展「刀剣魂」が開幕するやいなや、急に引っ越しすることになった。 オール電化、屋内の冷暖房、空調、換気システム、調光、セキュリティのすべてが機械管理。 おそらく現代では一般的な住宅なのだろう。 しかし、旧弘前藩時代からの武家住宅で生まれ育っ…

わたしたちが暮らしている土地ごとに、それぞれ固有の伝説や伝承があった。 私が専攻した民俗学では、足で歩き、そこに住む人々から聞き取り、記録していく。 その伝説や伝承の真偽はわからない。 しかしどれも、そこに住む人々にとってはかけがえのないレジ…

まるで、少年時代に夢中になったジョン・クリストファーの小説「トリポッド」の冒頭が現実化されていくのを見ているような不安がある。 自分の代わりとなるアイコンが増え、バーチャル空間と現実がますます融合していくいま。 なにが本来なのか、何のために…

人の振り見て、我が振り直せ。 私だけではなく、誰しもひとは、いつも同じ問題にぶつかることが多いのだろう。 実はそれは、己自身の個性ゆえ、引き寄せてしまっている場合が多いのではないか。 他人には、その様子がすぐに見えるが、我がことになると、なか…

世の中はさらに暗く、風雲急を告げていく予感がする。 世のあちこちで、ますます拘束が強くなっていくだろういま、非力な私ができることといえば、己を見失ない、流されてしまわないよう、 目前の世界に直接向き合っている、この我が心身の規矩、位を、しっ…

近年ふるさとの古武道、古武術に、様々な方々が関心を持ち、参加してくれるようになった。特に若い学生さん達が真剣に稽古されるようになった。大変喜ばしい。我が家だけで稽古していた幼い頃からすれば、隔世の感がある。様々なご縁をいただくなかから、私…

刀はそれを帯びる者、操る者の心身を整えてくれる。何も「人間形成の道である」という近代の観念論ではない。それは私も実感がない。そうではない。拙い我が稽古を通じた肉体の実感そのものだ。おそらくこれは、やってみればどなたでも、すぐに感じられるこ…

最近、再びランニングを始めている。いまから陸上競技を目指しても無理で、単なる健康法や気分転換にしかならない。それでも、天変地異が連続している現代では、整地やアスファルト上での走りや歩行に習熟するよりも、どこでも場所を選ばず、息長く走り、歩…

我々の一般的な稽古では、あらかじめ武具の、心身の扱い方に「正しい基本」や「正解」があり、固定してしまっている。古流も、近代現代武道も。「正解」にはそれなりの意義と実績があり、我々を安心させてくれるが、本来、これほど複雑かつ多様な現実世界で…

連休中いろんなことがある。まずは忍者ブームのこと。ある大学から旧弘前藩の忍者のことを尋ねられた。この津軽でも忍者の実像は全く不明であり、一般市民の間でも、風呂敷をかぶって走り回るような通俗的イメージしか残っていない。しかし実際には当藩にお…

古流武術において「外之物」「外物」(とのもの)とは、他流から導入した技や、日常の護身術や知識などのことを意味することが多い。特に日常の護身術や知識については、近代以降、歴史小説などが注目して題材に取り上げることはあっても、武術・武道修行者…

美術工芸品としての刀剣は好きだが、その武具としての操作方法に全く関心がないうえに、その操法に習熟した武芸者をさげずむ方もいるようだ。先日も、美術工芸品としての刀剣知識に精通し、多くの貴重刀剣を所有、管理していることにかなりの誇りを覚えてい…

久しぶりに旧弘前藩の名流、當田流の絵伝書を拝見した。M先生の知人宅で発見されたものだという。いまでも津軽では、旧家から藩政時代の武芸伝書が出てくることが少なくない。我が父祖たちも当初は當田流の剣と棒をやっていた。しかし17世紀後半、弘前藩家老…

津軽にも春が来た。当会では、最も熱心に稽古されていた学生S氏が、社会人となって旅立っていった。また当会を様々な場面で暖かく支えてくれた警察SPのO氏もご栄転となられた。大変寂しくなるが、お二人のご多幸と、新天地でのますますのご活躍をお祈り申し…

他人まかせで、己の生身の身体から離れた理合。全国組織の中枢に提示されたものが唯一の「伝統」「正しさ」だと絶対視、権威化し、盲目的にひたすら繰り返すだけが「美徳」である。となれば、個別の事情が異なる、ひとりひとりの心身が壊れていくのは当たり…

どうしてこんなに日本刀の文化は狭くなったのか、と思うことがある。確かに日本刀は、武具としての歴史的役割を終えたから、美術品として認識するしかない。すると、その操作法を知らずとも「オレの美術刀剣鑑賞眼こそ一番だ」「よってオレこそ日本刀のすべ…

5年前のあの日も、薄っすらと雪が降る寒い日だった。2011年3月11日、東日本大震災の朝、わたしは岩手県遠野市へと移動していた。前日、新潟県長岡市の博物館で中越地震の体験談を聞いていた。その夜は、重い雪が降っていたが、まさか翌日自らも被災…

様々な武道、武種がそれぞれの垣根を超えて集まる合同演武大会がある。全国的にも珍しく画期的な大会だ。武の有り様がひとつではないこと、人間の身体文化の多様性、豊かさに気づかせてくれる。企画者には敬服する。だが、いろんな意見もあるようだ。「全国…