古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

通勤電車のなかでの家伝剣術伝書翻刻を再スタート。

いま生きている、この己の心身に聴いて稽古することはもちろんだが、

ややもすれば、我の限界、堂々巡りを打開していくためのヒントとして、先師や先祖たちが、様々な時代を通じて積み重ねてきた経験智、データベースにも尋ねる。

しかもそれが他人ではなく、血のつながった父祖たちの備忘録、道標であるから、私にとって自分自身のルーツ、プライベートな血脈にも重なって冷静ではいられない。

少なくともこの青森県内では、近世以来、代々の武芸を伝承する家は、当家以外失われてしまったから、全く社会背景が異なる現代、職業選択の自由が常識である社会において、旧世界の家伝を継承することの誇りと苦悩を共感できる方はいない。

むしろ民俗調査で知り合った、代々の宗教者、マタギの家筋、造り酒屋、梅漬け屋などの家業を継ぐ人生に同じものを感じ、励まされた。

どの方も、その職種や文化ごとに、誇りと大事に秘匿すべき伝承があった。

それについては、いくら学術調査であろうとも、リスペクトしてそっとしておくのが民俗調査のマナーだと先輩から教わった。(ある特定のものを秘匿しようとする行為そのものも、その文化の表出形態であるといえよう)

よって「知りたい」という追及は我慢し、心の中で応援するとともに「私だって己の家伝をがんばろう」と帰ってくる。

それでも、半ば強制された家伝継承は、苦しみばかりではない。

特に、まだ読んでいなかった家の伝書を、数百年ぶりに翻刻していくドキドキ感は格別で、前近代の先祖たちから直接メッセージを受け取っているような高揚がある。

学部時代は日本史専攻だったが、くずし字を読むのが苦手で大学院は民俗学へ転向した。しかしやはり伝書を解析するために再勉強が必要だ。

今日も電車のなかで、読めないはずの字が、なぜか像を結びそうになってくる瞬間があった。

「必ず読めてくるはずだ。この技芸を継承している子孫の私が読まなくて、世界中ほかの誰が読むのだ…」

という子供じみた気負いがそうさせているのか。

例えば歴史研究者が、武芸伝書を「文章」として翻刻し読めたとしても、コレクターがいくら伝書を収集しても、

その教えを身体で理解し、形式や手順のみの再現ではなく、生きて変化する無形の技法として体現できるかどうかは全く別の話である。

そのような心身の学びは、おそらく現代、各伝統技芸の諸分野でも、かなり失われていることではないだろうか。

意味不明の暗号のような文章が、稽古を通して初めてリアルな教えであると気づけたときの幸福感よ。絶対に永遠に私は理解できないと思っていたが。幸運にも私はそんなことが数回だけあった。

(しかし、この遅い気づきのペースでは、すべてに気づくには一生かかっても間に合わないと焦る…)

我も代々、熟成してきた作品へ、何かひとつでも貢献するぞと思う。

私がやるべきことは、少しでもいいから、これらの教えをこの身をもって体現し、みなさんに提示していくことか。

そうでなくてはこの世界は、永遠に歴史の闇のなかに落ちていくだろう。

ただし伝書にすべてが書かれているわけでもないだろう。

例えば現在、雪に慣れない関東では豪雪災害に悩まされているが、北国の我々のどこが雪に慣れている部分なのか、雪国の生活の知恵は何か、と問われれば、即答できない気がする。

なぜならば、それらの雪に対する技法や知恵のなかには、あまりに日常のことであるために、無意識のうちに習得してしまい、自分でも気づけないほど血肉化し、何気なく体現しているものがないか。

よって、異なる生活文化圏や人類学者等から見て、初めて発見されるものも少なくはないのではないか。

同じように武においても、それが日用のことであった時代だからこそ、無意識のうちに備わり、自動的に発現していた心身や技法があり、先人たちは意識にのぼった、その一部だけを伝書に記せている可能性もあろう。

ならば後世の私はどうすればいいのか。

先師たち先祖たちが生きた時代と全く同じ役割を、この剣に期待することが間違いであることがわかってくる。

わたしはわたしの時代を生きているのだからな。