古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

昨日の定例稽古は、朝9時から18時まで。クタクタだが夢中で、アッという間の時間に感じた。

午前は、テレビ局勤務K氏のご指導のもと、無刀氏と下田雄次氏と私の三名で、弘前藩伝承の林崎新夢想流居合の記録映像を撮影した。

まだまだのレベルではあるが、4代前の父祖たちの伝承を思えば、今後公開して、多くの人々の研究稽古のたたき台となる素材として、提示することも必要かと考え、恥を忍んで演武を務めた。

私は無刀氏を打太刀にして「向身」七本」を抜いた。失敗したり、満足できずに何度も取り直し、撮影中に新しい気づきがあって研究稽古は始まったりするなど、長い時間がかかったが、そのことでさらにいい稽古となった。

特に林崎の居合には、開祖が言うように剣と柔をつなぐような存在であるため、居合道や剣道の経験だけでは、全く意味不明の技法が満ちている。カタチだけをなぞるだけなら意味がない。

しかし我々の研究稽古には剣技の経験者だけではなく、柔道有段者で中国拳法や柔術の研鑽もある無刀氏も参加されているから、現実の柔術技法の気づきも次々生まれており、意味不明の所作に優れた効能が込められていたことに気づく。

七本目が終わるころは疲労困憊かと想像していたが、なぜか逆に身が軽くなっていたのは不思議だ。やはり根をつめた数稽古も効果があるのだ。

そして、弘前大学古武術研究会の学生さん達から「剣術」をやってみたいというご要望があったので、夕方からその稽古にも参加。一応、私は創設の顧問なのであった。

数年前、弘前大学の山田史生先生のご厚意で声をかけていただき、最初は私ひとりで始めるお話だったが、よく考えると時間的な余裕がなく、力不足のため、修武堂のS氏やH氏にお助けを求めて始まった。ほとんど参加できておらず申し訳なく、久しぶりに参加する。

はたしていまどきの若い人が、このマイナー分野に興味を持つものかな、と思っていたが、行ってみると、なんと二十名以上の男女が集まってきて賑やかで驚いた。

私自身が十代、二十代の頃、古武道、古武術を本格的にやろうとする若者は、わたくし以外、青森県内では皆無であったことを思えば、時代は変わっているのだと感慨深かった。

当時は「これしかない」「これのみが正しい」という固定観念が厳しく、いろんな探究が許されない時代だったが、いまはそうではない。若いうちからいろんな武に触れることは大変貴重な経験となる。(中近世の武士たち武芸十八般だったのだから)

幸運にも私たちの稽古仲間は、いろんな武種といろんな探究をされている多彩な面々がそろっているから、早くから狭いひとつのみの世界に限定するのはもったいなく、彼ら彼女らの可能性が狭まってしまう。何が自分に適しているのか、自らの心身を通じて選んでいくことが重要である。

各々が自分の心身にあった稽古が見つかれば、稽古も進み、古伝の術理も再生するなかで心身が一致していき、予測不能、混沌としたこの現実世界をたくましく生き延びていく智慧が熟成されていくだろう。

だから指導する側として私も、彼らを閉じ込めてしまうことなく、自由に迷える、風通しのいい場を用意したい。

組織は仮の器であり、それのみには頼れない。ひとりひとりの意欲こそだ。例えば家伝剣術の伝承は、廃藩による指南役解任、道場の盛衰、という各時代の変容があっても、それを乗り越えたのは組織ではなく、ひとりひとりの志だった。それを先祖たちが身をもって示してくれている。

この世界に生きた理合と芳醇な文化があれば、いくら時代が変わって、バラバラの少数となろうとも、私のような変人が必ず現れて、それを発見していくはずだ。

そのためには、もちろん優れた技法や術理が伝承されてきたことを、私自身が身をもって少しでも示せるよう、己の稽古を積むことが最重要である。

私は周囲の批判を覚悟で、あえて異形の道、いや本来この地でやっていた世界の再生へと踏み込んだのだから、後から来る方々が、わたしのようなよけいな回り道や無用の批判を受けることなく、この世界そのものに没頭できるような歩きやすい道を用意しておく責任が生まれてきた気がしている。

いつもは初歩から教えるのだが、今回は実験的に、剣術の概要がわかるようなダイジェスト部分だけご紹介し、興味を持った次回以降、本格的な道へ導こう。私自身が袋竹刀を構えて打太刀をやり、学生たちに遠慮なく、思い切り打ち込ませることも体験してもらった。

今日の袋竹刀は、外崎源人氏が開発した「源悟刀」の改良版である。

前のタイプは甲野善紀先生が「無刀取りの稽古に最適である」と絶賛されて命名を受け、先生の各著書の演武写真にも登場している。

今回の新型はなんと、袋竹刀なのに、刀剣のように反りがあるのだ。鍔付きで、柄の部分は刀のように楕円状で、旧弘前藩士一戸三之助の刀のように柄巻をしている。刃筋と反りを活かした打ち合いができる。

しかも、しっかりとした構造なので、自由に打ち合えるだけではなく、鍔競り合いや体重を載せた重い打ちなどで相手の構えごと斬りつぶしていく技法が、自由に稽古できる。

試してみると、市販の新陰流袋竹刀では折れていた場面でも、全く大丈夫だ。

普通、柔らかい袋竹刀は素肌で自由攻防ができるが、体術系の技法では折れてしまう。

一方、しっかり強固な袋竹刀であるほど、素面素小手(素肌)で打ち合えば痛いので防具を必要としたり、寸止めや当て止めとなるから、実際の攻防から少し乖離してしまうこともある。

しかし新型は、しなやかな強靭さで、素肌のままで打たれてもそれほど痛くなく、体術系の技法を使っても折れず、全く大丈夫なのだ。

いったいどうやって作ったのかと外崎氏へ聞くと、津軽特有の素材を利用しているらしい。

と絶賛していたら「それは稽古で打たれ慣れていているからの感覚で、普通の人は小手だけはつけた方がいいだろう」ということだった。

ともかく外崎氏は卓抜した抜刀・居合の技量だけではなく、優れた武具、稽古道具開発のアイディアにも脱帽してしまう。 

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