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古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

8月2日・3日、弘前市内の某武家保存住宅で

武士の礼儀作法のワークショップを企画している。

そのため武芸の「外物(とのもの)」を再勉強。

外物とは、剣槍弓柔術を補助するもので、侍が日常生活や、転変する天候や環境、場でも、不覚を取らないようにする知識や対応方法である。

近代以降の武道が、環境を整えた試合場での競技として進化するなかで、忘却された文化だ。

20世紀生まれの私のアタマもそうだ。

家伝伝書を読んでも「雨の日の戦いは…」「屋敷の中では…」「大勢に囲まれたら…」という個所は、まるで時代劇オタクが好む、非現実的な知識に思え、とばし読みしていた。

それは「スポーツマン」の視点だった。

なぜ近代以前の武が「外物」を含んでいたのか。

それは「競技」ではなく、日々の生活文化の総体であり、現実を生きることと直結していたからだ。

「これ」を使わなければ生きていけなかったという、切実ささえ感じる。

現在、わたしたちが考えている「武道」や「格闘技」は、似ているようで質的な差異がある。

いかに精緻な技法でも、それで生計を立てているプロ選手以外にとっては、それが無くては日常が成り立たない、という存在ではない。

すなわち暮らしとは乖離した、特別な試合空間内で成立する、近代スポーツの前提に立脚している。

だから「武術は、武道や格闘技、スポーツに応用できるのか」「古武道は剣道に応用できるか」という問いかけそのものを問い直すべきだ。

文化の総体から、一部の即物的、機械的な身体のみを切り取って、それを殺してしまっている。

例えていうならば、たとえ「正しい」ウォーキングを学んでも、それだけで、地上のあらゆる地象、日常生活、TPOによる礼儀作法コードの違い…を乗り越えていくのは不可能である。

我々の日々の歩みとは、機械的な動きではなく、か多様多彩な文化的要素を含む存在であるからだ。

特定の運動競技内では「強豪」でも、コートから一歩出れば、社会的に「コドモ」であるならば、混迷をますます深めている現代において「非力」なのだろう。

往時の武士たちは、そのような心身を目指していたのではないようだ。

弘前藩士の記述にも「天変地異や人変(人間社会のトラブル)」があれば、即応して、人々を助け導くことができる存在であるために、常に武芸と学問を磨いておけと書いてある。

それは「いま」生きている現実に向けた修養だ。

だから、暮らしや文化という背景を失ったワザや知識は衰退する。古い武術はそうやって衰退した。

同じ現象はこれからも起きるだろう。

例えば、現代のメジャースポーツが、全く異質な商品コマーシャルにも使われても、我々は違和感を覚えない(私以外は…)。これは、我々が当代における、何かしらの観念を共有しているからだ。

だが、時代が変わった未来から見れば「球体を扱う競技形態と、全く異質な商品、そしてサムライが、なぜ同一のイメージだったのだろう」と違和感を感じることだろう。

「絶対に負けられない戦い」というキャッチコピーがあるが、それは、テレビで観戦し、ルールがあり、再戦を期する競技大会よりも、実は、それを見ている我々自身の、たった一度しかない、ルールも見通しも立たない、この日々の暮らしと人生こそではなかったか。

そのなかで稽古していくならば…。

いかに家伝剣術が、刀剣が、旧世紀の遺物であろうとも、生涯にわたって、しかも代々継承していくならば「青春時代の思い出」や「ギョーカイ内の趣味」ではなく、この社会で日々暮らしていくことそのものと、つながる技芸でありたいものだ。

どうしたらいいのだろう。この非力な私が、開祖や代々の先達ですら直面しなかった課題に直面している奇妙さよ。

そういえば「外物」に記されている作法や振る舞いは、完全には断絶していない。

確かに、時代も生活形態も激変したが、その一部はカタチを変えながらも、実家の祖父母や父母の暮らしのそこかしこに、本人たちも意識しないうちに伝承されていた。

10代のわたしは、代々の礼儀作法やふるまいを「なんでウチだけ、こんな古めかしい固いことをやっているのだ、恥ずかしい」と逆らっていた。

だがそれらの伝承はいま、我が家だけではなく、近世以来の武士住宅街であった我が町内全体からも急速に失われている。

 

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