古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

「旧笹森家住宅体験イベント 弘前藩の武士の作法と技」(主催 弘前市教育委員会)が盛況のうちに終わった。

ご支援いただいた弘前市をはじめとする関係各位、皆様方に深く感謝申し上げます。

弘前は旧弘前藩の城下町だが、現代では、ネプタやリンゴは有名でも、武家文化はほとんど失われ、城郭や武家屋敷以外、侍の遺産がほとんどわからなくなっている。

ただ武家屋敷の建物が残っていても、そこでどのように武士たちが暮らしていたのか、その息遣い、居住習俗がわからなければ、実感としてわからない。

では、といって、実際の身体技法の裏付けがない研究者が、スーツを着て、ぎこちなく江戸期の屋敷に立って、口頭解説する方法では、リアルさがない。(実際に耳学問のみでは、錯誤している身体技法も多い)

だからといって、全国どこにでもある、ニンジャ村や「武将おもてなし隊」のような、全くの史料的根拠がない虚構イメージ観光イベントならば、全国どこでもあるから、この土地に来る必要はない。

やはり、この土地独特の習俗を体得したものが、自ら実演して見せることが、リアルであり、ここでしか見られない固有のイベントとなる。地元のアイデンティティーとなる。

実演の根拠は、我が家伝剣術の実技や伝書の記録、口伝、さらに各藩士が作法や心得を記した備忘録、我が家の祖父母、父母から教わった士族としてのふるまい方など。

これらは「おもてなし武将」のような、全国どこにでもある造られたサムライではなく、我が父祖たちがこの土地で実際に使って、熟成してきた「原種」だ。現実の侍たちの暮らしにつながる生きた史料、無形文化財だ。

それらの一部しか習得できていない私が実演するのだから、いろんな錯誤や失敗はある。時代や家ごとの変化もあろう。よってこれが正解ではない。恥を忍んで務めさせていただいた。

(実は、我が家の礼儀作法の躾は、友達の家とは少し変わっていて、幼い頃はコンプレックスだった。それを活かすときだ。)

伝書で読んだだけで、初めてやる所作が多かったが、動いているうちに文章の背後に隠れたいろんな理合が感じられてきて、私自身の勉強になった。

全国的にも珍しい企画だったのではないか。34度の晴天猛暑にもかかわらず、武家屋敷からあふれるほど多くの方々においでいただいた。実演に関心されたようで、ときどき、驚きのため息が出ていた。

たった2週間しか準備・広報期間がなく、予算もないのに、成功できたのは、やはり修武堂のみなさんが「一騎当千のツワモノ」ばかりだからなのだ。

バラバラの身なり、それぞれ異なる技と才能を持ちながらも、いざというときには、己が為すべきことを見抜き、臨機応変、協奏して動かれていることに改めて驚いた。あたかも合戦における武士の働きである。

凄い方々だと圧倒されながら、私は企画提案と調整役、一役者(「訪問する侍」役)以外やっておらず、あとは「おまかせ状態」だった。(みなさんゴメンネ)

そして我々の稽古方法もだ。

すなわち、一定のルール試合に適合するような練習方法ならば、試合コート以外では身のおきどころがない。

しかし、我々の古武術は、多種多様な技法や雑多な場面も試していたから、武家屋敷という多様な生活空間でもそれなりに動けたのではないか。

かつ、特別な用意や機材もいらない。いつもの和装に稽古道具、カラダひとつあればすべてできることも幸いした。

それでも、服装や所作のところどころに、現代人の地金が出てしまった場面はあったが、なかにはあまりのハマリ役に、本当にこの屋敷に棲んでいるのではないか疑われた人いた。

 「次回、もし機会があるならば、気候がよく、弘前公園が賑わう桜祭りの頃にやりたいね」「次回は「夜に屋敷を襲われたら」編だ。妖怪退治の術もできるぞ」と、ますます企画案をふくらませながら、解散した。

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