古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

本日の定例稽古。

家伝剣術の竹刀稽古。

互いに袋竹刀を構えて、九尺の間合いからスルスルと歩みより、遠慮なく斬り合い、相手の構えごと斬り割る稽古。

素面だが、指や拳をつぶさないよう小手だけはつける。

剣道用の二本指小手では、家伝剣術特有の握りができないから、薙刀用の三本指タイプを使っている。

いろんな構えと斬りはあるが、どんな戦術をとり、打ち合おうとも、つまりは互いの攻防が接触した瞬間、全身がよりよく連携し、整っている方が相手の構えごと斬り割っていける。

しかもその状態が、自分勝手な瞬間ではなく、変化する彼我の関係のなか、為すべきときにそうでなくてはならない。

それが接触の速さよりも、中途半端な質の斬りで、相手が崩されなければ、互いに何度も応酬が必要となる。

すると命は何度も危険にさらされる。それは競技としては面白いが、命のやりとりならば人間は耐えられないのではないか。

以上のことは独り稽古より、やはり対人稽古でこそ練磨できよう。

相手が変わると、身体の遣い方や状態が違うためか、互いの攻防で発生する現象も変わってくる。

袋竹刀で感得した石火の機をそのまま木刀稽古へ切り替えると、今までの組太刀がかなり変わる。

一方で、さきほどの袋竹刀のように安易には打ち込めない、一歩間違うとケガをするといった緊張感に目が覚まされる思いがする。

そして試合用薙刀お相手に、我は袋竹刀で軽い地稽古(自由稽古)。

とにかく剣側は、竹刀剣道のように一足一刀の間合いで攻め合うのではなく、全く止まることなくよどむことなく、スルスルと水のように間合いを詰めていかなくては、間合いで勝る薙刀や槍に、いいように突きや連打を浴びてしまうものだ。

その足遣いは、古流の形全般が示している。それは単なる様式ではなく、実際の経験知から来ている。だから古い形はおろそかにできない。

とやりながらも、いまは稽古用の面や胴などの防具を付けているからいいが、全くの素面素肌で槍や薙刀を相手にしたら、恐怖で動けなくなるかもなあと。

妹も来たので家伝剣術「折身」袋竹刀稽古。

四本目は、相手が上段から斬り下ろしてくるのを、下段から折敷きながら迎え突き。

竹刀剣道ではあまりに危険なために禁止されている「スコップ突き」である。

遠慮なくやってもらうため、技を受ける私は、小手と喉元を改造した格闘技マスクだけ付けたが、

迎え突きのあまりの威力に、目の部分のポリカーボネイトを突き破られたかと思うほどだった。

これを繰り返していては、たとえ竹刀でもやがて悲惨な事故となる。

武術の技だから、いくら稽古でも本当に最後までリミッターをはずすことができない技もあるのだろう。

午後は実家の庭で、巻いた畳表を立てて、真剣による試し斬り稽古。

やはり斬りは、単に軽く速く接触の速さを競うばかりではなく、ある程度の重さ、威力が伴わないと、武技として通じないのだな。

すると剣道教室に通い始めた小学生の息子が、教士七段の先生から「あなたがやっている剣術は型だけだろうから片手でいいが、剣道はどこから打ってくるかわからないから、両腕で構えて、左腕を鍛えなさい。剣術より剣道の方が大事なのだ」

という不可思議な教えを受けたといい、普段から家で剣道竹刀稽古も、袋竹刀で自由に打ち合う剣術稽古もやっている息子にとっては、その意味がわからなかったようで、私に「どういう意味なの」と聞くので、思わず苦笑してしまった。

ストレートに剣道そのものの素晴らしさを教えればいいのに、剣術を継いでいる家の子供と分かっていながら、いちいち剣術を批判しながら教える方法の品性を疑い、腹が立ったが、そんな小さなことにかまけていてはならない。

つまりそのような観念は、個人を越えて、社会一般の剣術に対する誤解の代表であり、おそらく剣の歴史観念は近代以降、かなりの部分において断絶、変容してしまっているのではないだろうか。

よって、いただいたその批判を逆に「やはり私らがやらなくては誰がやろうか」というエネルギー、使命感へと転換させていくことこそ兵法、活人剣かな。

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