現代社会において、古い家伝剣術をやっていくことが「蟷螂之斧」であろうことは重々知っている。

だが、剣を振って動いて稽古すれば、体の芯から、生きている確かな喜び、それは他の何にも代えがたい深い充実感が湧いてくるのも事実だ。

数年前、東京でお会いした、某ご流儀のことを思い出す。

もしかしたら近世初期には、家伝剣術と同系統であった可能性があるご流儀。

お教えいただいた口伝は、そのときよく理解できなかったが、いま思い出すと、最近の気づきとつながって、少しずつ腑に落ちてきた。

特にそれは家伝剣術の小太刀稽古から気づかされた。

大太刀ばかりでは気が付けなかった、相手との位取りや身のさばき、歩法があり、どれもつながって連動しており、大太刀の遣い方まで更新されてくる。

(「正しい基本」という規定が、逆に現実から目をそむけさせてしまうことがある。

現代剣道でも、小太刀は日本剣道形ばかりではなく、短い竹刀を作って常寸竹刀相手の打ち合い稽古(打突部位制限無し)も導入するのはいかがだろうか。

私は、いろいろ打たれて苦戦しながらも、いろんな気づきがあり、そのなかから逆に古い形が内包していた実用的な理合を再認識させられた。)

「やはりそうだったのか。私の稽古は、独りよがりの小さな世界ばかりではない。古来から発見されていた、よくある教えにもつながっているのではないか」と勇気をもらっている。

そうなのだ。「己がいかに辺境の小さな存在か」と嘆いても、眼前に与えられたこの世界を丁寧に生きること以外に、私に許されている道はない。

すべては、ここからしか始まらない。

そのことを端的に、体感を通じて示してくれるのが剣だ、武だ。

確かに世界は広大だが、まずは我が目前に突き付けられた、この小さな刃に向き合わねば、何も始まらないということだ。

ということは、とりもなおさず、生きることも、武も、もともと組織的に管理されて評定を受けるべき存在でなく、己自身が足元から発見し、拓いていくものだったのではないか。

武技を己自身で拓いたからこそ、往時の武士達はそれが哲学ともなり、自立した存在となったのだ。

なんでも中央の権威に拠り所を求めて後塵を拝し、規格外のものを卑しむようになった我がふるさとだが、ますますそれでは全国どこにでもあるものに平準化して、交換可能な存在となってしまい、人々は去っていくだろう。

高い費用をかけて中央に通い続け、規格に染まらずとも、この地で、足元からできることはできるのではないか。

この地で熟成された武の稽古を通じて、ふるさとの人々が自立した文化的土壌を取り戻し、ここで生きる喜びを深めていくことのささやかな一助となりたい。