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古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

家伝剣術

地方はいいところも多いが、やはり狭いところもある。

同調圧力が強い地域で違うことをはじめること、継続していくことは大変なことだ。

多様な価値観が共存している東京にはない、名物「津軽の足引っ張り」もそこかしこからやってきて、己自身の不徳さを知らされることがある。

それでもだ。

私事だけでは終わらない使命があるならば、なにがあろうと己の研磨剤として甘受し、飲み込んでいくことを覚悟しないといけないのだろう。

現代武道大会で招待演武。

現代武道が熟成した大会運営方法、普及システムには本当に関心してしまい、家伝剣術を少しでも広めようとしている私のあまりの無力さに笑ってしまう。

招待演武すると、大変光栄に感じるとともに、孤独を感じることも多い。

なぜならば、私がやっている古流はこの一世紀でほとんど忘却されてしまっている。

その妙味がほとんど理解されていない技芸を披露している私は、まるでピエロのようで、意味があるのか、という自問自答があった。

しかし最近は、誰も見向きもしないからこそ、ささやかでも提示していく役割がある、と開き直った。

(でも、今日も演武しながら、家伝の形は、表演を見ただけではわからない。技をぼかして隠している部分が多々あることに気づけたから、私自身にとっても学びの日となった。また感謝。会場を後にする父とも話した。)

会場で聞こえてきた。「剣道人口が激減している」という。

我が家では、近代に生まれたこの新技法に、四代にわたりお世話になってきた。

そのお蔭で、家伝剣術も生き残ってこれた。深く感謝している。

だがもう時代が変わってしまったようだ。

周知のとおり刀剣は、すでに一世紀以上前に、実用武器としての役割を終えている。

武士達は、幕末になると欧米式の銃砲術へ転換を急いだ。

その後の明治初期には、警官の剣術不要論が出ており、現代の警察官の剣道においても同様の意見があるそうな。

自ずと生まれてくる「剣などなければなくともいい」という問いにどう答えるのか。

近代には、剣術を国民的な体育科目「剣道」へと改良して生き延びた。

現代では剣道を、競技や精神修養法、学校教育等へと適用して普及してきた。

それでも、これだけ選択可能なジャンルが増えてくると、「どうして剣がいいのか」「剣だけに許された特性とはなにか」という問いが出てくる。回答できるだろうか。

へそ曲がりな私だから、あちこちさまよったが、「伝統だ」「武士の心だ」などという、形式論ばかりで、納得できなかった。

回答がなくても家伝剣術をやらなくてはならない。ならば答えは己で発見するしかない。

礼儀が正しくなる、汗をかいてスッキリ、ビールがうまい、という、他の技芸でも交換可能な理由だけでは、時代が、社会が変われば、すぐに交換可能な存在となる。

つまりは、いかに時代が、社会が変容しようとも、この剣の稽古が、いまのこの日々の暮らしの本質にいかにつながっているのか、ということを我々は見失ってきたのではないか。

それは何かと十代の頃から探してきた。

私は「伝統である」と思考停止して、魂の抜けたカタチをひたすら繰り返すことに自己満足していくことには、とうてい耐えられない。

同じく、ファイトだ、攻めろ、根性だと、若さと体力にまかせた打ち合い稽古、スパーリングを延々と続けていれば安心だ、という楽観性にも、疑義が生じて止められなかった。

なぜならば、そのどちらの向き合い方も、刀剣という凄まじい存在に対しては、この脆弱な人間の生身の体ではとうてい向き合えないからだ

いまも答えは見つからないが、少しずつボンヤリと輪郭が見えてきそうな予感がしてきた。

なぜ、剣を稽古することが、生きることの本質と関わるのか。

それを発見し、納得できなければ、剣技はますます世界を狭くし、衰退していく気がしてならない。

その分においては、体育や競技用に開発されたのではなく、実生活のなかから、困難を生き延びるために生み出された古い武術、剣術の文化の方が、先見の明があり、多くの歴史的資源が残されているのではないか。

それを汲み出して、少しでも今の世へ。

他のことはともかく、そのことにおいては私をさえぎるものはないようだ。私自身以外には。

ということは「やれ」ということなのだろうな。

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