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古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

修武堂の定例稽古。

おなじみの方々とともに学生さん達もおいでになり賑やかだった。

久しぶり道場に入った瞬間、杉材の床が、日々の剣道稽古すり足で、まるでグラインダーをかけたようにボロボロになっていることに驚いた。

そのなかにひとつ、小さな窪みができていた。またか。

このようにときおり、柔らかい床面に傷が発生することがある。

するとたいていは「柔らかい剣道の竹刀ではこんな傷はつかないものだ。よって真剣や模擬刀など危険な道具を使うお前たちの稽古が原因だ」との叱責を何度かいただいてきた。

もしかして…と反省しながらよく見ると、たいていは刀などの傷ではない。

真剣や各種武具を実際に使ったことがある経験者ならばわかる。

弁明しても信じていただけないのは、やはり私の不徳のいたすところだ。甚だ遺憾。

しかし、今回ばかりは全く違うなあ。

なにより、幕末の各流剣術指南番たちが集まって開いたこの剣術・剣道の道場で、130年後、真剣や模擬刀の使用を禁止し、竹刀や木刀のみとなったことを先人たちが知れば、なんと時代は変わったのかと驚くに違いない。

さて、鞘付木刀などを使ってみんなで家伝剣術「裏」の形、林崎新夢想流居合をおさらい。

他人に説明すると私自身、いままでよく考えていなかった己のなかが再整理されて、貴重な勉強の機会となる。

やはりわたしは、この文化の観察者ではなく、拙くとも、背負って歩く、耕していく側であることを改めて自覚した。

プロのダンサー加藤氏の指導によるコンタクトの練習。

互いに全身どこで接触しても、同じ圧力のまま、互いの身体が全方向へ変化、展開していく。

すると上下左右の感覚がどうでもよくなり、目も使わなくなる。

わたしはこの練習が、やがてはナイフ護身稽古のヒントになるか、己の身体全体の使い方を刀剣のように間欠がない状態へと練り直すいい学びになるのでは、と思っているが、

それよりも、今までの私の体術がなぜまずいのか、いかに勘違いしているのかに気づかされていく。

わたしは特に竹刀剣道稽古のクセで、あたかも己のまわりを強固な外骨格で包み、周囲から己の輪郭をハッキリと切り取ったうえで、ガツンガツン相手と衝突しても負けないぞとやってきた。

これは全く彼我の関係性を否定しており小さなひとりよがりの初歩の段階にすぎない。

もちろんたまには、向かい合った相手と、あたかも肌を合わせているかのように、その呼吸が身に響いてきて、気剣体一致の打ちが決まったこともある。それでもまだまだだ。

父も「自分が打ちを決めるのではなく、相手が決めてくれるのだ」と説く。

それは決して、全く相手にゆだねきっているのではなく、己も立ち、相手も立ち、そのバランスのなかで我意を越えた現象が発生してくるようなことではないか。

この稽古を通じて、次回は多人数相手の身体感覚を稽古してみたい。

自宅では、久しぶりに林崎新夢想流居合の独り稽古。

まずは窮屈な座法「扶据」の状態。いかに居着かないか、あれこれ工夫すると自縄自縛。

何も考えず、歩いてきて、ただストンと座るだけ、それだけで薄氷の上に座るような状態が出現するようだ。

一本目「押立」の初発刀。やはり全身が連動すれば、意識せずとも自ずと結果として、古歌が説くように袈裟斬りが出現するような感覚がある。

ついてに四本目「除身」の逆袈裟での抜き、五本目「幕越」での片手で刀を返すような不可思議な所作も、体幹も連動していれば自然にラクに発生するような気がしてきた。

このように意識が変われば、身体の在り様、土台が転換して自在さを得ていく。

力と根性だけでは飛び越せなかった大きな壁が、いつのまにか雲散霧消していことがある。

だから古い武術の稽古は楽しい。

昔から、剣術の理合を参考に、竹刀競技剣道へ活かしていこうという意見がある。剣術とは別に新しい竹刀競技独自の世界を拓こうという意見もある。それはそれで素晴らしい。

だが、ややもすればそれは、試合コートのなか、一対一だけで成立させる競技的部分だけ、モノとしての身体運動だけを切り取った見方ではないか。

かつての剣術が、柔術や槍、様々な状況下にも通じる多彩な身体技法であり、それはくらしのなかの様々な文化や智慧などにも連動していた多様性を見落としている気がする。

その責任は、一般に評価されやすい表面的な曲芸だけを見せている我々古流にも原因があるのだろう。

確かに刀を知らなくては、剣術とも剣の道とはいえないが、ただ真剣を振り回しているだけならば、歴史上、様々な階層でも同じであり、「サムライ」「武士」と認識されたのかはどうかは別の問題だったろう。

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