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古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

巨石信仰のフィールドワーク調査。

ここ数日間、ひと気のない山中を歩いている。

たいがいは、廃れてしまった山中の小祠や神社の跡を巡るので、往時の街道は山野に還りかけている。

途中でクルマを乗り捨て、道なき道を、泥道を、繁みのなかを、小川のなかを、断崖絶壁を歩く…。

わたしは高校時代、山岳部部長だったから、山は駆けるように登り、下って慣れているはずだった。

久しぶりに変化に富む山道からいろんなことを学ぶ。

自然のなかでは「正しい歩き方」考えた歩行など、全く通用しない。

ふだん、人が造った平坦で見通しのアスファルトを歩くことが、体育館や道場の床で動くことが、

いかにラクなことであり、身体や感覚まで鈍感にしてしまっていることを、まざまざと知らされた。

すなわち山中では、ひとつとして同じ起伏、同じ固さの接地状態が発生しない。

だから、こちらの歩みも毎度異なる、誠に多様な一歩となる。

同じ一歩でも毎度異なる感触と反応が返ってきて、心身のバランス状態が次々と変化せざるをえない。

そのたびに、貧困なわが身体内部のあちこちに、濃淡やかたより、居着きが生まれてしまうのだ。それは心の有り様にもつながる。

天然の断崖絶壁や、洞窟に入るときなどは、二足歩行が通用しない。

手と足の区別がなくなって、あたかも毛虫のような移動をしないと、数十メートル下へ転落して命がないだろう場面もいくつかあった。

いや、現実の世界は、むしろ起伏のある世界の方がはるかに広く、人造の平坦な場所など世界の一部にしかすぎないことをすっかり忘れていた。我々は勘違いしてしまっている。

これはいい稽古だ、どんな状況でも、居着かずに変化し、自在さを保ったままゆけるかな、とやると、難しくていくらでも課題が出てくる。

楽しんでいるうちはいいが、疲れてくると、現実の路面に目をつむり、自分の得意な歩き方の「形」を押し付けて、無理やりやりすごうとする。

だからナマの路面変化に対応できずに、つまづく。これは武の形のありようにもつながる気がする。

途中で遭遇した、地元の山菜取りの古老たちは凄い。

80才前後のご夫婦だという。確かに加齢で腰は曲がっているが、ブッシュのなかから山菜を発見する目と、人が歩かない難所をするすると移動していく身体に驚かされた。

都市部では、体操教室やトレーニングジムに通ったり、マラソンをで日々鍛えられている人々が多い。

だがおそらく、この山中ではそのような、整えられた状況で定まったフォームを繰り返すことで鍛えた固い身体は、あまり有効ではない気がした。

この方々の身体はスポーツやトレーニングジムの身体とは明らかに無縁だが、大自然の変化のなか、実地でよくよく練られた、融通がきく、しなやかな強靭さといえようか。

70才後半の女性は、さきほど私が登って下りてきた、20メートル上に垂直に切り立った胎内くぐりの岩を登ってみたい、といって登りはじめた。

ブッシュで視界がさえぎられたうえに、足場も不確かであり、二十代や三十代の若者でも尻ごみするような絶壁なのに、当たり前のようにおしゃべりしながら登っていくのである。

止めようと思ったが、その度胸とともに、知的好奇心の強さには、恐れ入ってしまった。

いや、もともと人間は、このような変化に富む自然のなかで生活しているのが、当たり前だったのではないか。

人間が、自らが造った世界より広くその外側にある大自然への適応能力を失ったとき、我々は生物種として衰退したといえ、もしも結界が敗れたときには、滅亡の危機にさらされることになろう。

家伝剣術や林崎新夢想流居合などの古流武術を使っていた先人たちも同様の世界に棲んでいたろう。

道場の床がキレイかどうか」気にしたり、「畳やマットが無いと稽古できない」という、限定された競技者ではなく、予測不能の変化に富む世界を生きている心身を土台として、武技を磨いていたのではないか。

そのような心身を取り戻し、わが拙い稽古を、心身を、豊かにしていこう。

これから先の混迷と混乱を生き抜いていくために。

明日からは鹿島神宮演武大会へ。

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