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古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

家伝剣術 林崎新夢想流居合 そのほか

日本武道館で第39回日本古武道演武大会が開催され、父とともに家伝剣術で出場した。
当流はマイナー流儀のため、毎年ではなく、2年に一度しかお声がかからない。
しかも海外派遣も、いつも同じ流派がローテーションし、当流には永遠に回ってこない。
よって隔年おきの武道館は、当流にとって全国各地の御流儀にお会いできる貴重な機会だ。
控え室では、偶然お隣になったお二人の先生から、第二次世界大戦を生き抜いたお話を拝聴。
兵士として勤務中、戦艦大和を目撃された話。
女子学生として零戦工場で働き、東京大空襲時には満杯となった四谷駅の防空壕に入れず、片足だけ入れてもらって生きのびたお話など。
そして、幼少から家伝武術を学び、将来それを背負って立たれる聡明な若き師範。
その一方で、より広い大海を求め、新天地を目指される師範のことも思い出された。
すべて別々の御流儀であるが、それぞれの師範と、その向き合われている世界に敬服する。
人の生命や生き様がたくさんあるように、武の道もたったひとつではないのだ。
当たり前のことであるが、わたしたちは稽古に熱心になるほど、対抗心と自負心によって、どうしてもその現実を見失ってしまうことがある。「わたしこそ一番だ」と
だが、どの道も、ともに同じこの世界を成り立たせている、然るべき、貴き存在なのだ。
異なる世界との出会いこそ、私に己の不足を教えてくれる。
おそらく、その当たり前の事実、世界全体、他者へのリスペクトを忘れた武は、自ら現実への対応力をせばめていくことになるだろう。
帰りの新幹線では、各位が歩まれているそれぞれの道を思いながら、
「ではお前自身はどうしていくのだ。示してみよ。」と迫られている気がしてならなかった。
帰った翌日、外崎源人氏に稽古を頂戴する。
林崎新夢想流居合「向身」二本目「押抜」、三本目「防身」の工夫で、大きな改善が。
両方の形ともに、足下に座っている打太刀が、九寸五分の短刀で、我が左臑や左膝を斬り払ってくる。
打太刀にとってその所作は、右片手をひょいと伸ばすだけ。簡単だ。
その分、立ちながら、片手で三尺三寸刀を上段に構えた仕太刀にとっては、折敷きながらそれを斬り留めることがまことに厳しいものだ。
前後は詰まっているし、頭上から足元まで振り下ろす分、上下の高低差も大きい。どうしても遅れをとってしまう。袋竹刀の小太刀で実際打ち込んでもらうと間に合わない。
たとえ間に合っても、その斬りの構造が整っていなければ、小太刀はすり抜けていく。
こんなのできるものか…とあきらめていた。
ところが、外崎源人氏の工夫で、かなりラクに間に合うようになってきた。
しかも、速さと重さと兼ね備えた太刀筋として。
あたかも我が体幹とひとつになった三尺三寸刀が、左足へ斬りつけてきた仕太刀の袋竹刀を両断する、重いギロチンのように落ちる。
稽古では安全のため、打太刀側が剣道の小手をつけたが、それでもこの衝撃は緩和できないから危ない。斬り下ろす仕太刀自身でも制御できないときがある。
だが、活きた武技としては、折敷きながら斬り下ろしたときに、己の膝が割れるほどの勢いで地に落ちきってしまっては居着きとなり、そこをやられてしまうだろう。
よって、いくら速さと威力を持って斬り下ろそうとも、全身はふわりと着地し、すぐに変化できるような状態でなくてはならない。要検討だ。
ともかくこの技は、足元を斬り払われるときや、すくわれるような攻撃に対する身体を養成するには、格好の教材である。
袋竹刀で遠間からの剣術の打ち合いも稽古したが、やはり遠間よりも近接した間合いでの稽古の法は、心身の自由度が失われるからこそ、技や動きのごまかしがきかず、その精度こそ磨かざるをえなくなるようだ。
新しく発見する稽古とはなんと楽しいものか。
恐らく、他者に命令され、ひたすらなぞる稽古が、ときに他者依存となってしまう場合があれば、それよりも己自身の身体の底から紡ぎ出していくような稽古の方が、深い自己肯定感とともに主体的に動ける、腹のすわった人間が育っていくことがあるのではないか。

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