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古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

家伝剣術,形 そのほか

津軽にも春が来た。
当会では、最も熱心に稽古されていた学生S氏が、社会人となって旅立っていった。
また当会を様々な場面で暖かく支えてくれた警察SPのO氏もご栄転となられた。
大変寂しくなるが、お二人のご多幸と、新天地でのますますのご活躍をお祈り申し上げます。
さて年度末・年度始めの忙しさでなかなか稽古ができなかった。
それでも日々の暮らしのなか、武の稽古に直結する学びや経験、出会いがそこかしこにある。
例えば、青森県技芸の津軽筝曲郁田流K師範が訪ねてこられた。
以前私が剣術のことを書いた新聞記事をご覧になり、同じ弘前藩士の技芸として、その秘伝の伝承方法について話を聞きたいのだという。
私などお役に立てないと思ったが、異なる分野であってもその伝承方法と、変容の激しい現代社会のなかで法灯を消さないために苦闘されている姿勢に共感した。
ことに楽譜(形)の背後に潜む理合いに気づいたときの喜びや、定型から汲めども汲めども尽きない技が生まれてくる喜びの話には胸を打たれた。
一方で、仕事でも博物館刀剣特別展開催準備を進めており、刀剣を基礎から再勉強している。
さらに近日中には、東京での林崎新夢想流居合研究稽古会や、弘前城刀剣ツアー、そして弘前市内の武家屋敷での武士の作法実演など、それぞれ第二回目にあたる各行事の開催計画が同時進行中で、大忙しだ。
しかしどの仕事も、武や剣術に関わることであることは幸甚の極みである。
それらが次々とやってくることは不思議で、何かの導きではないかという気もする。
大事に遂行していくなかで、さらに精進し、新しい己を拓いていきたい。
さて息子との家伝剣術稽古では、相手の斬りを左右にかわす技で新しい気づきがあった。
相手が袋竹刀で遠慮なく真っ向を斬り下ろしてくるのを素手のまま左右へさばき懐に入る。
これは伝承の形を学ぶ前に、ひとつの鍛錬として私が工夫しているものだ。
普通にやったらかわしきれずに簡単に打たれてしまう。
だから剣道や各種武道でも、左右にさばく動きは、実用の動きとしては全くあきらめている場合が多い。演武用の形だけだと。
だがそれができなければ、実際の斬り合いでは生き残れなかっただろう。
真っ向衝突で、真剣同士の相討ちから免れることができないからだ。
おそらく近代以降、我々が見失った心身が含まれているのではないか。
私も全くの夢幻ではないかと思っていたが、かなり間に合うようになった。
とくに中学生の息子は、私の模索を踏まえて、私よりもできるようになった。
最近気づいてきたことは、あまり理屈を考えるよりも、ただ動物であったころの心身をそのまま使うことか。
なんと人間の身体は軽やかで自由なものかと。

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