この時代に剣をやることに、何の意味があるのか。

幼い頃からずっと悩んできた。

どの書物にも、どの先生にも納得できなかった。

だから、己の答えは、己で見つけるしかないと。

そのうち、少しさかしくなり、答えらしきものを取り繕うようになった。

それでも、ハラの底から納得できていない。

だが、自分なりの探求方法が見えてきたとき、

今日、ふと感じた。

意味があるかどうか。そんなことはどうでもいいではないか。

コトバにできないが、確かに何かある。

その証拠に、稽古に、術理の探求に、夢中になった私の心身が喜び、打ちふるえている。

他者にとっては無意味であろうとも、私にとってこれほど楽しく、生きていることを実感できることが、ほかにあろうか。

楽しければ、いくらでもそこから理由は、様々なことが自在に汲みだせるではないか。