古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

日本武道文化研究所主催の「全国古流武術フォーラム2016in山形」に出席。

林崎流系統の居合を共通テーマとする、有志の研究稽古会。今回は3回目。

日本各地から、開祖林崎甚助の聖地、山形県村山市寒河江市へ、少数精鋭が集まった。

みなさん紳士で、ずっと和やかムード。

手作りの大会なのだが、実は、向き合っているテーマや内容は、かなり「過激」なのだ。

武道史の定説を覆すような、驚愕の新発見やレポートがいくつも提示される。

一般に、我々武道人は、熱心さのあまりに固定観念が強いものだ。

そのような方が参加すれば、パニックを起こすかもしれないほど先鋭的な大会である。

そのことに、みなさん、淡々と向き合って、楽しんでいるから凄い。

己ひとりの狭い世界と思っていたが、これほど様々なお仲間がいらっしゃる。深く感謝。

さらに、私にとって記念すべきことが連続する。

絶対にお会いできるはずがないと思っていた、某師範にもお会いでき、ご指導いただいた。

また、先祖小山次郎太夫英貞から241年ぶりに、林崎居合神社で奉納演武させていただく。

夜、合宿所の布団のなかで、ふと思った。

「いまは小さな集まりだが、もしかしたら遠い未来、この方々が転換期だった、と銘記される時代がくるのではないか…。」

「密かに東北で、新しい流れが発生しているのではないか。私はそれを目撃している…」

主宰者である川村景信師範ら、文武研の皆様に御礼申し上げたい。

次回大会では、さらに進展し、我々が忘れてしまった居合の多様性と意外な顔が、もっともっと見えてくるに違いない。

視座が広がることは、近代以降、急激に単一化、平準化した武道の世界を、より豊かに再生させ、より多くの人々へと開いていくひとつのチカラとなるだろう。

そうなれば、武道・武術は、伝統世界を誇示するだけではなく、いまを、現代を、生きていることと直結する文化として、万人にも広く認識されていくのではないか。

楽しみである。

 

思えばここ二週間の私は、偶然、我が家の剣のルーツ巡りの旅が続いていた。

まずは、家伝剣術の先師、弘前藩家老棟方作右衛門の墓へ参り、曹洞宗宗徳寺ご住職のお陰で、17世紀に津軽へ、この剣術をもたらした謎の男についても新発見があった。

一方で我が家は、津軽為信による津軽統一以前の、古い在地勢力であったことも再認識。

翌々日は、開祖が生まれた茨城県鹿島神宮の日本古武道交流演武大会へ父子で出場。

奉納演武前夜、ひとりで真っ暗な闇の神宮へ詣で、奥の院を拝し「現代において剣を稽古する意義」を懸命に問いかけてみた。ずっと悩んでいる最大の課題だ。

もちろん答えはない。

だが、ずっと手を合わせていると、ある思いが沸いた瞬間、暗い森の奥からかすかな太鼓の音がした。

なんだかひとつの示唆をいただいた気分になって帰ってきた。

そして翌々日から山形県の病院へ、定期検診人間ドックで連泊。

帰宅してすぐ、とって返して再び山形県のフォーラム参加へ。

 

これらの家伝剣術のルーツ巡礼で、改めて考えさせられた。

わたしが継承している古い武術群は、前近代の土俗的なものである。

そこには整備された科学理論と競技システムがないから、現代では全く流行らない。

反面、幾世代にもわたる無数の先人達の暮らしと人生の毀誉褒貶、

非常の現場で培われたであろう、生々しい無数の経験智から編まれている。

たとえ「開祖」といえども、最初の開発者ではない。

それ以前の先人達の遺産を引き継いでいる。

さらにその先の起源は、遥か遠い闇に消えてわからないから、神仏に仮託されて語られる。

だから現在の伝承者でさえ、流儀の全像を把握しきれないだろう。

そのような歴史遺産が、誰の管理や保護も支援も受けずに、ひっそりと人から人へ手渡されてきたことは奇跡といえよう。

それは、大量生産式の工業製品ではなく、天然ものだから、市場では手に入らない。

現世のあらゆる情報を網羅しているはずのインターネットでも表層しか登録できない。

このように、よく把握できないもの、リストアップされていないものが身近に埋もれている。

実はそれらが私たちの暮らしの土台を、社会の根っこを形成しているのではないか。

これは「遅れている未整備状態」なのではなく、むしろ、我々の住む世界が、豊かさとさらなる可能性に満ちていることを示しているのではないか。

その豊かさに向き合って、これからも己を錬磨していくぞ。私はなんと幸せ者か。

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