少し不思議な話をしたい。人里離れた山奥で、人は、人の声を聴きたくなるものらしい。

山の怪異は柳田國男遠野物語」だけではなく、身近にたくさんある。

わが家は代々、山が好きな男が多い。祖父も叔父もだ。

叔父は、幼い頃から、祖父に卜傳流剣術や剣道を仕込まれたほかに、青年時代になると、躰道を創始された初代祝嶺正献 - Wikipedia師範から直々に「空手」を習っていた。

剣の経験があるというと「先の先」や「後の先」のことを質問されたり、よく木刀を持たされて、太刀取りの実験相手をやらされたという。

稽古のない休日は、鳥類研究のため、山野を駆け巡っていたという。

その日は、山中で嵐となった。

仕方なく、上流の谷のなか、小高い丘でビバークした叔父。

谷のなかを、切り裂くような恐ろしい雷鳴が何度も通り過ぎっていく

その後、いきなり真っ暗な静寂が訪れた。

そのとき、谷川のせせらぎが、なぜか人の話し声に聞こえて不気味だったそうな。

それでいて、人気がないはずの深山を跋渉中、いきなり山菜取りの人に出会うと、ゾッとするものだといっていた。

もうひとりは同じ剣道場の老師範。

ひとりで渓流釣りにいき、数十メートル崖下へ滑落。

両足を骨折して動けなくなり、人気の全く無い深山で一週間、寝そべりながら、あたりのコケや虫を食べて生きのびた

夜になると小動物が匂いを嗅ぎにくる。死体と間違えて食われないように必死で追い払う。

そのうち、全く誰もいないのに、なぜか、あたりから複数の人の話し声が聞こえてくる。

何を言っているかはわからないのだという。

ある夜は、目の前に青く光る人影が二人立った。

最近、亡くなった剣道の先輩方だった。

こちらに微笑みかけてくる。怖いとは全く思わなかったという。

まるで映画スターウォーズジェダイの魂だ。

七日目に救援ヘリに助けられたという。

そして私。

高校生の頃、山岳部の仲間達と、霊山岩木山の中腹を登っていた。

気づくと仲間が数メートル近くにいるはずで、大きな声もするのに、姿が全く見えないのだ。

裸眼で左右2.0の私が、何度も目をこすってみた。頭がおかしくなったかなと。

まもなく仲間が出現したが、いまでもその原因がわからない。

あえて言うならば、雑木林で無数の木々が交錯して、あたかも一枚のスクリーンのようになって友人を隠していたのだろうか。

以上、この三名には全く霊感などない。私などは霊能者から「あなたは幽霊が来ても、はじき飛ばしてしまうタイプだ」と言われたこともある。

それでも、山中で不思議に遭遇した。同じような体験をした前近代の人々が、様々な伝説を創ったのかもしれない。

ともかく我々の近くに、我々の知らない不可思議な世界があるとは、なんと面白いことか。