古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

非常に多くの示唆に富む自由な打ち合い稽古だが、

それだけに、その刺激と楽しさだけに耽溺していては、だんだんズレていくこともある。

やがてそれは、怪我や加齢とともに失われてしまう。

ココロとカラダは生涯をかけて変化していくから、その年齢ごとのハーモニーが楽しめる。

年齢を経て始めて気づく心身の絶妙なバランスがあるようだ。

だから、生涯を通じて、形稽古とともに、竹刀打ち合い稽古も楽しんで上達していきたい。

そのためには、若さと体力まかせの一時の花で終わらない、工夫と理論が必要となろう。

愚かな私は20代に入るとき、30代になるとき、40代になるとき、それぞれの年代になっても有効に動けるか、と己に課題を設け、拙い工夫を続けている。

さて竹刀稽古。

自由に打ち合うことは重要な体験だが、ただ打ち合えばいいのではないらしい。

よく、全くの初心者に袋竹刀を持たせて、好きなように打ち込んでいい、とやることがあった。

もちろん初めてでなかなか動けない方もいるが、なかには意外な動きをする方も多い。

その際、受け手側は、ふだんの慣れた稽古で体験したことがない動きに驚き、やったこともない対応を迫られるため、かなり新鮮な勉強となる。

だがその一方で、その打ち込んでいる初心者はそれ以上がない。

すなわち、反射的にバットをメチャクチャに振り回し、ラッキーに頼るような状況のままだ。

そんなとき、やはり刀法や打つべき部位など、ある程度、稽古上の制限をかければ、技の精度があがることがある。

これは初心者だけではなく、経験者でも同じことがいえよう。

その点において剣道が、打突部位を制限したのは、勝敗判定がしやすくなるだけではなく、稽古の方便としてかなり有効な手段だったからではないか。

先人達の知恵に驚くばかりだ。

しかし、そこばかりに留まっていても問題がある。

実は「稽古の方便」として設けた仮の制限を、稽古で心身に深く刷り込んでいくほど、

いつの間にか、自分自身を拘束する限界、見えない壁となってしまうことがある。

あたかも、平準化された人工プールで競ってきた水泳アスリートが、波や岩場などの自然の変化に富む海辺で溺れることがあるように。

例えば竹刀剣道で、面、小手、胴、突きなどのルール上の打突部位に関する意識を高めたが、ルール上の打突部位以外は意識が薄く、攻防のなかで、そのような両肩、首、二の腕、拳、脚部などへ打突をくらっても「一本にはならない」と、自動的に見逃してしまう習慣が付いてしまっていることがある。

これは私自身の反省体験でもある。

心身を鋳型にはめ込んで対応力が乏しくなる弊害は、カタチに居着いた形稽古だけではなく、実は自由稽古でも発生することがあるのかもしれない。

前述した「見逃してしまう部位」は、古い剣術が想定いている実際の闘争では、いずれも、致命傷となる重要な部位である。見逃すわけにはいかない。よくよく自省したい。

よって無制限の攻防において、特定の部位を意識しながらも全身をまんべんなくカバーしていく「目付」の技法が発見されてきたのだろう。

さらに稽古では、実際に打たれる感触、経験も重要だろう。

それで体感的にわかることも少なくない。

初心者の場合、技が当たる間合いに入っていること、起こりが明らかである自分に気づかないことが多い。

よって、師匠がそこを軽く打ち示すことで、危険水域に入っている現実を体感で気づかせる。

経験者も同じだ。打たれることで、自分では気づかなかった攻防の隙、穴を教えてもらえる。

いくら自分自身では、速い攻撃であり、完全な防御である、精緻な術理であると自尊したくとも、武は人間関係だ。

よって、素晴らしい技が、刻一刻と変化し続ける相手や周囲との関係性のなかで、自在に発揮できるかどうかは別の問題である。

家伝剣術も、たとえ高度な技法を体得しても、忙しき乱戦のなかで使えるかどうかはわからず、逆に素人同前となってしまうこともあると戒めている。

例えていえば、どんなに素晴らしい言葉でも、その場の雰囲気や人間関係の微妙な加減で、全く使えないことがある一方、

文字としては全く拙いのに、なぜかその場では、的確な表現として、人々に深い印象を与えることがあるように。

よって、独り稽古で養ったことを、形や自由稽古という対人稽古のなかに投げ入れ、心身の拍子、調子、先の先、後の先などを失敗しながら、体験的に磨いていくしかない。

また、打たれたときの感覚やその後の対応なども実践的な学びとなる。

家伝にも、図らずも先を打たれた場合にどうするか、という口伝がある。

そして自由稽古の相手だ。

互角同士もいいが、ややもすれば、感情の高ぶりに任せて単なる乱闘になってしまう。

わたしもそのような未熟なときがあった。

しかしそれでは、人間関係も、稽古の場全体も、憎悪と嫉妬で荒れていき、続かなくなる。

やはり個々の稽古と全体を整理し、導いてくれる師匠がいることが大事だ。

たとえ互角稽古をしていても、師匠格は同じレベルの喧嘩に陥ってはいけない。

師匠は、攻防そのものに没頭してしまわず、第三者として冷静に全体を眺め、導く技量が必要だ。

そして相手のレベルに応じて、攻め手にもなり、受け手にもなり、自在に姿を変え導く。

古い剣術の組太刀もそうなっている。

このような稽古が成立するには、やはり互いの深い信頼関係が必要であり、見知らぬ他人や他流相手ではどうしても必死となるからそんな余裕はないだろう。

江戸時代、弘前藩主から高覧仕合を求められた當田流が

「同門同士はともかく、他流相手の仕合は、そのまま死に合いとなるから、よほどのことが無い限り受けない」とした意味もなんとなくわかるような気がする。

ともかく稽古では師匠が、弟子に課題を投げかけ、活かさず殺さず、ちょうどよく追い込みながらも、

弟子が懸命に応じてくるその技を、師匠が自ら受け、負ける側となって弟子の上達を導く。

これは実は簡単なことではなく、師匠の技量があるからこそできる行為だ。

それで技術が継承されていく。私もそうやって育てられてきた。

しかし体術の稽古方法は逆なのだろうか。師が弟子を投げ、組み伏せる演武が多い気がする。歴史の中で変化があったのだろうか。

それにつられてか、近年は剣技でも、師匠が弟子を打ち負かす演武が多くなった気がする。

幼い頃から、他地方の御流儀演武ではいくつか拝見した方法だが、我が旧弘前藩伝承各流儀では、ほとんど見たことがない方式だ。

家伝剣術でも、稽古以外の公開演武で、師である祖父や父は常に打太刀(技を受け負ける方)をやるものであり、後進の私が打太刀をやらされたことは一度もない。

時代変遷や地域差もあるのだろうが、現代ではPRの必要性に対応しての工夫もあるのだろうか。

修武堂活動における私も、先祖の掟を破っているなあ…。