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古剣稽古日誌

古剣稽古日誌

林崎新夢想流居合「向身」六本目の「胸刀(むながたな)」

柔術小具足のような技法も使う。

もともとこの居合は、柔術と剣術をつなぐ中間的な存在として誕生したという伝説がある。

よってそのルーツを探るためのヒントとなるか。

仕太刀は、正座している打太刀の両膝の間に右膝を入れて扶据。左二の腕を三尺三寸刀の柄で押さえる。

すると今回打太刀は、右手で仕太刀の襟元をグッとつかみ、押し倒そうとする。

これを単純な攻撃だと考えてしまえばあまり展開がない。おそらく違う。

師である打太刀が、弟子の仕太刀へ、特有の身体技法を暗示するための行為ではないか。

すなわち、この拘束のなかで仕太刀ができる抜刀は、己の胸元の位置を動かすことなく、身体下部のみを後方へ引くしかない。

よって仕太刀は、打太刀から押される作用を利用して三尺三寸刀を抜刀し、我が胸元をつかんで押したことで伸びきってしまう打太刀の右腕を、左斜下から右斜上に斬り上げるのである。

この技で思い出す昔話がある。

この居合の達人であった17世紀の弘前藩士、一戸三之助のエピソードだったかと思う。

一戸は小男だったが超人的な腕前で、刀を抜く手も納める手も全く見えずに、相手の胴をまっぷたつにしたという。

あるとき一戸は、弘前城内の下乗橋のうえで、柔術に長けた屈強な大男に喧嘩を売られ、つかまれて全身ごと持ち上げられ「橋の下へ落とすぞ」と脅された。

するといつのまにか一戸は、その男の手首に刃をつきつけており「落とそうとした瞬間、貴殿の腕も無くなるぞ」と返したので、大男はやめるしかなかったという。

さて、稽古にもどろう。

右腕を下から斬り上げられた打太刀は、仕太刀の襟元から手を離してもとの姿勢に戻る。

仕太刀は、斜めに斬り上げた勢いのまま、立ち上がって、刀を右片手上段にとる。

すると打太刀は、左膝を立て、右膝を後に引いて突いて、左一重身のようになって座りながら抜刀し、右手の短刀で打太刀を突こうとする。

そのため、仕太刀は片膝を突きながら、上から打太刀の右腕へと斬り下ろす。

その際、打太刀は左腕で、仕太刀が斬りおろしてくる右肘を下から止める。

しかし仕太刀の斬りは止まらずに、そのまま打太刀の右腕を斬り止めてしまうのである。

この打太刀の所作はなんとも不思議だ。実用としてはどうなのだろう。

例えば実際に打太刀にしっかりと右肘を止めてもらうと、仕太刀の斬り下ろしは不可能となり形の所作は成り立たなくなる。そのうち力比べでウンウンやってどうにもならなくなる。

経験上、形稽古のなかで単なる力や速さくらべにおちいったら、それは形の構造や理合を見失っている。ならば乱取りをやった方がいい。

それではこの形は、いったい何を教えようとしているのか。

これこそ、柔道有段者であり太極拳や本覚克己流などの柔術も研究していた故加川康之氏と、何度も何度も議論し、研究した動きだ。

やがて下田雄次氏や外崎源人氏らも研究稽古に参加され、いろんな発見が連続していった。

なぜ打太刀が右肘を押さえてくるのか。いかにして仕太刀はその力を乗り越えるのか。

それぞれ各自の工夫は異なるが、私の現在の方法をご紹介したい。

たとえ仕太刀が、力まかせに斬り下ろしても、その動きの要である肘を押さえた打太刀にとっては、なんのことはない。斬り下ろしをらくらく止めることができる。

よってこれは単純な速さやパワーを試しているのではない。ではどうするか。

当流居合では、あたかも薄氷を割らないように座るということは紹介したが、この斬り下ろしでの脚も同様なのではないか。

つまり、斬り下ろしによって、上半身は沈むが、両足は浮身のままなのではないか。

こうすると、斬り下ろす仕太刀にはあまり力感がないが、その右肘を支えた打太刀にとっては、己の左片腕に仕太刀の全体重が載ってくるため耐えきれず、全身ごとつぶれて斬り伏せられてしまう。

実際にやってみればわかる。術がかかれば、頑張っているはずの打太刀が、まるで天井が落ちてくるようにつぶされる。稽古では危険だから充分に注意が必要だ。

すなわち、この不可思議な所作は、仕太刀の斬りの質そのものを養成するための仕掛けではないか。

そのために打太刀は、右手は敵としての動きを示し、左手は、その敵の動きを封じようとしている仕太刀の腕に、直接触ってその動きの質を導く第三者的立場となるという、両面性を持った所作をしているのではないか。

仕太刀のような片膝を突きながら斬る刀法、折り敷く刀法は、家伝剣術「折敷」にもあり、古い剣技各流も多用する。

(なお私は小学生の頃、剣道競技試合大会で使ったことがある。決勝となった大将戦だった。面を打ってきた相手に対して、私は無意識のうちに家伝剣術の折敷く技で胴を決めた。折り敷いたまま相手の脇の下から、向こうの応援席で拍手をしている仲間の顔を見て、自分が勝ったことに気づいた。)

近代以降の武道でも多用する。例えば昔、居合道の先輩から、形稽古の座り技では、何度も激しく膝を床に打ち付け、たとえ流血しても「我慢しろ」と怒鳴られ、こっそりサポーターを巻くような話を聞いたことがある。

しかしそれでは、己の身体が壊れていくだけではなく、身体が床に張り付いてしまい、次の変化に遅れたところを敵にやられるだろうから、実際の武技としては問題があろう。

しかし、古伝のように両脚が浮いていれば、まったく自分の身に負担がないから、自由に変化できるとともに、反面、相手には重い斬りが通り、本当に武技としての効能が高い。

折敷で試し斬りをやればわかる。ほとんど力を入れていないはずなのに、畳表は存在しなかったようにあっさりと両断され、刀は勢い余って地面にまで突き刺さっていくほどだ。

家伝剣術が「鎧も割るほどの威力を求めよ」といいながら、折敷く技を多用する理由がわかる。

そしてこのような力を内包した刀法は、近代以降の武道から急速に失われていった理合のひとつであり、それを体認するうえでも、この居合は大変貴重なのではないか。

さてその後は、いつものように天横一文字から天縦一文字の構えに変化し、相手の突きをかわしながら袈裟に斬る。納刀。

次回は「向身」の最後、七本目だ。

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