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林崎新夢想流居合「向身」四本目は「除身(よけみ)」である。
ちなみに「向身(むこうみ)」とは、衆知のとおり、相手に向かって正対することをいう。
それでいながら武術は、実は我が身に、三角の規矩を内包させておくのだから用意周到だ。
そして「除身」とは、当流独特の構えを意味する。
ご説明すると、鞘を帯の前に平行に、鯉口は右方にする。そしてその上に、三尺三寸刀を構えるのだが、切っ先を下方へ下げ、刃は相手へ向けるのである。
これもまた現代武道からすれば、用途不明の奇っ怪な構えだ。
この構えで剣道大会に出てもあまり効用がなく、なんだそれは、と注意する方もいるかもしれない。
しかし、往時の武士達が実際に使ったのだから、なにかあるはずだ。
それは稽古のなかで体感しよう。
いつものように九寸五分の短刀を帯びた打太刀が正座。
三尺三寸の刀を帯びた仕太刀は歩み寄り、打太刀の両膝の間に右膝をいれて、扶据(ふきょ)となる。
打太刀が抜刀しようとした気をとらえて、仕太刀は、相手の右前腕から左肩にかけて、下から袈裟に斬りつける。
当流は、卍抜きといって、360度あらゆる方向へ抜刀できる身体を目指すが、今回もそれへの一歩だ。
同じ左腰から抜いているのに、太刀筋がいろんな角度へ変化していく。
その仕組みは、事前に手元で刀を返すだけでは、相手に方向を察知されて応じられてしまう。
よって、途中まではなるべく刃筋を変化させず、最後に身体全体の連動で刃筋が変化するようになれば理想的だ。
出口を封じられた仕太刀は、両手をいったん膝へ戻す。
仕太刀は、斬りつけた斜めの太刀筋をそのまま変えずに、己の身体のみ変えて左足前の「除身」となることが、相手から打ち込む隙のない防御となろう。
打太刀からみたその防身は、仕太刀の左膝が一番近く見えるので、抜刀してそこを斬っていく。
即座に打太刀はその斬りを受け、巻きつつ、左上から相手の右拳を斬り留めるのである。
この所作について、私の先祖達は伝書のなかで、渦巻きで図示している。
だが、単純にそれをまねしても、打太刀の斬りつけに重さが載っていた場合、力負けしてしまい、左膝を防御しきれず斬られてしまうものだ。
そのことに気づけたのは無刀氏のお蔭だった。
というのは、わたしもそうだったが、剣道経験者は、打ちの速さと変化は競っても、斬りの威力と重さにはあまり留意しない。
しかし、軽快なだけでは、実際の武として、刀法としては、あまり効力を持たないことを、体術が得意な無刀氏こと故加川康之氏は、何度も気づかせてくれた。
その加川氏と、夜の北辰堂や庭の稽古場で、何度も工夫して発見した、この巻き技について紹介したい。
すなわち、絵伝書で示されている渦巻きは、二次元ではなく、三次元の竜巻なのだ。
本当にささやかな所作なのだが、我が左膝をなぎってきた短刀に、ふっと我が刀の物打ちあたりを柔らかく合わせ、あとは相手の鍔もとめがけ、スルスルと蔦がからまるように刃を入れていく。
この所作は、手首や腕だけでやると力負けするが、左膝をついて座るという所作の連動があれば、我が刀は意識せずとも、ほとんど抵抗感なく、自動的に相手の短刀と前腕へ巻き付いていく。
巻かれる打太刀側を体験してみると、寒気がする恐ろしさだ。
なぜならば、自分の短刀による斬りの力が、空回りして封じられていくだけではなく、
己の右拳の周囲を、相手の刃がぐるりとめぐりながら、削っとっていく現象が発生するからだ。
このように往時の武士達は、試し切りのように対象を両断する刀法だけではなく、我々が知らない多彩な太刀筋を使っていたのではないか。
さて、この巻きについて、故加川氏と私は、よく模擬刀や刃引きの刀同士で工夫したものだった。
すると互いの刃部がボロボロになるし、打太刀側の拳はすぐに傷つくから、寒気がして嫌になった。
よって安全のため、初心のうちは木刀で代用し、打太刀は小手をつけた方がいいだろう。
ある段階になったら、ゆっくりでも模擬刀で体験してみなくては、実際の理合が体認できないだろう。
もうひとつ、この除身の稽古は、左下からの攻撃への対応を学ぶいい稽古になるのだ。
例えば袋竹刀を使って、打突部位制限なしの地稽古をやった場合、左下や右下から横なぐりに竹刀を振ってくる方がいる。これは拙い私の経験では初心の方に多い気がする。
実際に古い剣技にもそのような太刀筋があるが、なぜかこのような下方斜めから斬りあげてくる太刀筋は、剣道の経験があっても反応しにくいものだ。
それは剣道の競技形態では想定していない技だからであろうか。
いや、そればかりではないようだ。素手の格闘技でも同じように、斜め下から上へ振り上げてくるパンチは反応しにくいと聞く。
まあ剣の場合、左腰には大小の刀の鞘があるから、その上からの直打はまぬがれようが安心はできない。
よってこの防身の稽古は、その弱点を解消するための貴重な教えに満ちている。
その後は、いつものように天横一文字から天縦一文字の構えへと変化。
仕太刀が突いてくるのを右方へさばきつつ、相手の左肩を袈裟に斬る。そして納刀へ。
次回は、さらに不可思議な太刀筋の五本目だ。