林崎新夢想流居合

(御礼)「林崎新夢想流居合研究稽古会」関係 各位 先日1月22日、23日に東京で開催いたしました 標記大会では、皆様から多大なるご支援を賜りました。 誠にありがとうございます。 大会準備から広報、当日の運営まで、すべてお助けいただきました 「是風会」…

1月23日に東京で開催する「林崎新夢想流居合研究稽古会」皆様にお助けいただきながら準備は順調に進んでいる。小さな当会主催にしては、驚くほど多くの方々から反響をいただいている。「当日、会場が狭くなるかな」という心配は初めての経験だ。ところで肝心…

かつて東北諸藩には「林崎新夢想流居合」という居合が伝承されていた。我が弘前藩でも複数の伝承があった。それは、當田流、一刀流、卜傳流など、藩内の各流儀が併伝する居合だった。例えば、當田流伝書では「當田流居合」とも記している。また我が家も、祖…

武術、武道には、いろんな伝承の在り様がある。 全国各地の道場やスポーツセンターでも習えるものもあれば、家伝剣術や林崎新夢想流居合のように、各家や地域で黙々と伝承されてきて、公的にはリストアップされていないマイナーな武の伝承がある。(さらに全…

新年からいろいろ忙しい。こんなにつましい我が人生でさえ、やらなくてはならないことが次から次へと出てくる。若い頃のように己ひとりのことだけ考えているわけにはいかない。家族や一族のことも大事にしながら、己の仕事も研究も稽古もやるのだ。面倒だと…

実家で毎年恒例の餅搗き。 (だたぢ12月29日だけは「九日餅」と言って「苦」につながるから餅搗きを避け、違う日にするのは日本各地の習俗と同じだ。)まずは、台所にある古いレンガ造りのカマドに、水を入れた鍔釜と、水に浸した餅米を入れた蒸籠をすえる。…

日本武道文化研究所/居合文化研究会が、全国各地に伝承されている林崎新夢想流居合の同志たちの交流のためのサイト 「林崎新夢想流居合稽古会」(http://hayashizakishinmusoryu.jimdo.com/)を開設されるとともに、2016年1月の同流研究稽古会告知ショート…

おそらく我々には、恐ろしいほどの固定観念がある。 それがいろんな理合を見えなくさせている。私もだ。 なぜ、林崎新夢想流居合は、もっと遠間から斬りつけることをしないのか、 というご質問をよくいただく。 自然な疑問だ。 確かに一般的な居合はみんな、…

よく林崎系統の居合伝書は「右膝を規矩とする」という。 もしかするとそれは、抜刀時だけではなく、納刀においても同様なのではないか。 いや、居合だけではない、剣術にもいえるのではないか。 我が家では、近世から近代にかけて二百数十年間、家伝剣術と林…

愚息は中学校剣道部員だ。 その話を聞いていると、自分の中学生時代を思い出すとともに、変化も感じることがある。 子どもの頃の私は、家伝剣術よりも竹刀剣道稽古が多かったので、人より早く始めた分、試合ではあまり苦労しなかった。 だが息子は逆に、竹刀…

このたび、東京で弘前藩伝の林崎新夢想流居合(はやしざきしんむそうりゅういあい)の研究稽古会を開催する。 古武術是風会および日本武道文化研究所・居合文化研究会ご一同のお導きに深く感謝したい。 さて、いつもならば我が青森県は、全国的な武術・武道…

「林崎新夢想流居合研究稽古会」のご案内 1趣旨:抜刀術、居合の開祖とされる戦国末期の剣豪林崎甚助。 近世以来、その流儀は、様々な伝承となって日本列島各地へ広がり、いまもそれぞれの伝承と稽古が続けられています。 旧弘前藩(現青森県津軽地方)にも…

2016年1月23日~24日、東京都内で「林崎新夢想流居合研究稽古会」を開催します。 ご関心のある方、どうぞおいでください。 (詳細は当ホームページ「活動について」-「お知らせ」欄でご覧ください)

巨石信仰のフィールドワーク調査。 ここ数日間、ひと気のない山中を歩いている。 たいがいは、廃れてしまった山中の小祠や神社の跡を巡るので、往時の街道は山野に還りかけている。 途中でクルマを乗り捨て、道なき道を、泥道を、繁みのなかを、小川のなかを…

古武術を、単なる「骨董品」ではなく、技が使えるかどうか、「生きた存在」として稽古するためには。 技が多いか格好いいかではない。 いかに歴史が古いか、いかに権威があり門弟が多いかでもない。 小さくともかまわない。その土台となる古い身体観、身体の…

「全国古流武術フォーラム2015―林崎甚助の居合を探る―」が盛会のうちに終了した。 日本各地の各古流武術流派との技術交流、研鑽の場を創造することが一番の目的だ。 大会でご提示した弘前藩の林崎新夢想流居合は、決して「正解」ではなく、交流のためのきっ…

林崎新夢想流居合「右身」五本目「臥足」 今回の動きは本当に、前近代の東アジア的な身体技法であり、近現代の体育的視点でとらえればあまりに不可思議な運動であろう。 しかし現代の武道観念で無理に整理してしまえば、この技の生命は失われ、単なるカタチ…

林崎新夢想流居合「右身」四本目「柄取」 ほかの右身と同じように、仕太刀は左側に、打太刀は右側に身を接して並んで座る。 今回は仕太刀が先をとる。機をみて仕太刀が三尺三寸刀を抜こうとする。 すると打太刀は、左手で仕太刀の柄頭を押さえて抜刀を止め、…

林崎新夢想流居合「右身」の三本目「手取抜」。 これこそ、無刀氏こと故加川康之氏と、何度も何度もしつこく検証して稽古した。 当初は、あまりに困難な所作であり、カタチをなぞるだけで、実現不能ではないかとあきらめていた。 だが、自らの身体への観念が…

林崎新夢想流居合「右身」二本目「抜詰」 三尺三寸刀を帯びた仕太刀は、九寸五分の短刀を帯びて右方に正座している打太刀に歩み寄り、我が右半身を相手の左半身に接するかのように扶据する。 閑話休題。この居合の座法であるが、私が教えを乞うたI師範の技法…

林崎新夢想流居合の稽古。 私の居合は、全国的な居合を経ていないので、その経験者から見れば、常識はずれで、かなり異形らしい。 古来から諸流では「他流批判は厳禁」とされてきたものだが、仕方がない。好悪はそれぞれにお任せし、まずは己自身が納得でき…

林崎新夢想流居合「向身」最後の七本目は「頭上」である。 その技名の由来は、初発刀がそのまま止まらずに、相手の頭上を旋回していくことからか。 この形は全般的に、一本目「押立」に似ている。 さらに、近代に整備された、全日本剣道連盟「制定居合」一本…

林崎新夢想流居合「向身」六本目の「胸刀(むながたな)」 柔術や小具足のような技法も使う。 もともとこの居合は、柔術と剣術をつなぐ中間的な存在として誕生したという伝説がある。 よってそのルーツを探るためのヒントとなるか。 仕太刀は、正座している…

林崎新夢想流居合「向身」五本目の「幕越(まくごし)」 今回も不可思議な所作で満ちている。 そのひとつが「幕越」という所作だ。 おそらく先師達が、微妙な感覚を伝えようとして、身近な所作へたとえてみた言葉だ。 このように中近世の武の技名は、抽象的…

林崎新夢想流居合「向身」四本目は「除身(よけみ)」である。 ちなみに「向身(むこうみ)」とは、衆知のとおり、相手に向かって正対することをいう。 それでいながら武術は、実は我が身に、三角の規矩を内包させておくのだから用意周到だ。 そして「除身」…

林崎新夢想流居合「向身」三本目「防身(ふせぎみ)」 この技名は形のなかで使う、当流独特の構え「防身」に由来していると思われる。 まず、いつものように打太刀は正座して、九寸五分の短刀を帯びている。 仕太刀は三尺三寸の大刀を帯びている。打太刀に向…

林崎新夢想流居合「向身」二本目の「押抜」 まずは、なぜこの技名が「おしぬき」なのかわからない。 名前はその技の要素を意味しているだろうから、理解できていない私は「まだまだだ」ということだ。 現在の稽古段階を報告する。 一本目と同様、打太刀は正…

林崎新夢想流居合「向身」一本目「押立」。 わたしの稽古は、一般的な居合からすれば不可思議なことが多いだろうな。 居合とは、外見上の姿ばかり重視するものではなく、刀に慣れるためだけではなく、精神論だけでもなく、具体的な武術だったはず。 実際に我…

定例稽古。 稽古会を主宰していれば、参加者が多いもあれば少ない日もある。 多い日は賑やかでいろんなアイディアや和が生まれるし、少ない日は少人数で細かい術理までじっくりできる。 たまに見える新しい方。一回だけの見学では終わらず、長いご縁が生まれ…